確率の哲学

待ちに待った『確率の出現』の出現の日本語訳が出版された.
この本は私の確率に対する立場を構築する上で最も大きな影響を与えた本と言って良いと思う.
この機会に,私が重要だと思う確率の哲学の本を上のページから何冊か挙げてみたいと思う.
私は哲学者ではなく,この話題ばかり考えているわけではないので,おかしなことを言うこともあると思う.
是非,議論してもらえるならば有り難いと思う.

とりあえず,確率の哲学を考える上で,最低限読んでおかなければならないものとして,
『確率の哲学理論』ドナルド・ギリース 2004 日本経済評論社
『確率の哲学的試論』P.S.ラプラス 1997 岩波文庫(特に最後の役者による解説)
しかし,私が考える確率は,これらの枠組みには当てはまらないので,
哲学者に最低限の知識があることを分からせる,
哲学者以外の人に説明するときのために参考にする,
という使い方をしている.

確率の哲学を学ぼうとすれば,次に読むのは,
『科学と証拠』 エリオット・ソーバー 2012 名古屋大学出版会
『異端の統計学ベイズ』 シャロン・バーチュ・マグレイン 2013 草思社
などの科学哲学や統計学,ベイズ系の本だと思う.
これらの本を計算およびKolmogorov複雑性などを頭に置きながら読むと,
いろいろと違和感を感じると思う.

そこで,次に読むのは,実際に確率という概念がどのようにして生まれたかという歴史の本.
『確率論の黎明』 安藤洋美 2007 現代数学社
基本的な部分はこの本に載っているが,数学的な部分との関連があまり書かれていない.

そうこうしているうちに,ゲーム論的確率論を作った一人,Gleen Shaferの論文等から,
Hackingの”The Emergence of Probability”を知った.
私がこれまで読んだ本の中では,確率概念の誕生時期の,数学的,歴史的経緯が最も詳しい本で,
この本を読んで私の確率的立場が定まったと言ってもいいくらい影響力があった.

こうやって,自分の中にある「確率」の概念を壊した後で,
Solomonoffの晩年の論文2本を読めば,すっきりと理解できると思う.

量子力学の確率の概念も面白いと思うが,そこまでのカバーはできていない.
医学系や,リスク論,意思決定論などにおける確率の概念も面白いと思うが,
数学から離れすぎていて,私の仕事ではないと思う.

哲学者が見るランダムネスの理論

私にとって,計算可能性理論,計算量理論,計算可能解析,ランダムネスの理論,情報理論,確率論,統計的予測,時系列解析
などは一直線上にある理論たちで,分けることができない.
これらは全部ひっくるめて一つのものとして見ている.
これらがどういう関係にあってどうつながっているのかというのは,一つの見方であり哲学だろうが,
それを論じるためには,これまでの哲学的な議論を一通り学ぶ必要がある.

これまで,哲学者たちによって,計算,情報,確率,予測などの概念について様々に議論がされてきており,
それらについては,少し調べれば多くの文献が出てくる.
しかし,ランダムの概念やランダムネスの理論についての,哲学者たちの議論はそれほど多くない.
ここでは,そういうものをまとめてみたいと思う.
こういうまとめ方は,今までにされていないと思うし,私も英語の論文で書くことも無いので,
こういう場所しかないように思う.

まず最初は,
Abhijit Dasguptaによる”Mathematical Foundations of Randomness”
Philosophy of Statistics (Volume 7 of the Handbook of Philosophy of Science, ISBN 978-0-444-51862-0), North-Holland (2011), pp. 641-710.
これは,1200ページ以上あるPhilosophy of Statisticsの中に収録されている.
著者のページからプレプリントをダウンロードすることができる.
内容を一言で言うと,哲学者向けのランダムネスの理論入門といった感じ.
記法は時々標準的でないところもあるが,読みにくいというほどではない.
ランダムネスの理論を学んだことある人ならば,特に目新しいことはないだろう.
ちなみに,これによると,Martin-Lof-Chaitin thesisという言葉は,
J. P. Delahaya. “Randomness, Unpredictability and Absence of Order: The Identification by the Theory of Recursivity of the Mathematical Notion of Random Sequence.”
Philosophy of Probability, pages 145-167, 1993.
に出てくるらしく,これが最初らしい.
こういう議論が統計や確率の哲学の分野で盛んになれば,とても嬉しいと思う.

次にお勧めしたいのが,
Christopher P. Porterの博士論文,”Mathematical and philosophical perspectives on algorithmic randomness. ”
これも,著者のページからダウンロードできる.
もともと哲学的な議論が好きな彼だが,数学者としてもちゃんとした論文を書いており,
ランダムネスの理論を一夜漬けで勉強して書いたものではなく,数学者が読んでも信頼できるものになっている.
最近は数学的な論文しか書いていないようなので,この次の論文を楽しみにしている.
彼とはSchnorr randomnessに対する数学的な性質を明らかにした上で,
もう一度哲学的な解釈を与えよう,と約束したのに,なかなか進んでいないのが申し訳ない.

ランダムネスの理論と予測理論の関係について,一つのパラダイムを与えたのがSolomonoffであった.
その数学的な側面を受け継いでいるのが,Marcus Hutterだろう.
この哲学的な側面は,Solomonoffがなくなる直前に書いた
“Algorithmic Probability – Theory and Applications” (2009)と,
“Algorithmic Probability – Its Discovery – Its Properties and Application to Strong AI” (2011)
そして,RathmannerとHutterによる
“A Philosophical Treatise of Universal Induction” Entoropy 2011, 13, 1076-1136
などにまとめられている.
しかしややこしいのはここからである.
まず,Solomonoffが1970年代から提唱している見方は,2009年の論文に書かれているものである.
しかし,数学者はこの見方を理解できなかったのか,拒否したのか,
通常,理解されている考え方が,RathmannerとHutterによる論文で書かれている.
Solomonoffはなくなる直前,主観確率と客観確率について考え方を大きく変えている.
それが2011年の論文に書かれている.
ちなみに私の見方に一番近いものはSolomonoffの2011年の論文のものだが,いくつかの点で異なる部分もある.
その異なる部分というのは,以下の研究者たちから影響を受けている部分でもある.

確率とランダムの概念の関係について,哲学的な方面から,きちんと議論をしようとしている論文として,
Antony Eagleによる”Randomness is Unpredictability” (2005)と”Probability and Randomness” (2013)などが挙げられる.
しかし,フォントの問題と,私の能力の問題により,十分消化できていない.

科学哲学的な意識として,オッカムのカミソリと予測に関して,議論している研究者もいる.
Ockham’s Razor: A New Justification, Project Web Page
ランダムネスの理論を知っていれば,このオッカムのカミソリをKolmogorov complexityと読み替えることができるだろう.

力学系や生物におけるランダムネスを考える方向性として,
Giuseppe Longoの論文が面白い.
“Randomness and Determination from Physics and Computing towards Biology” (2009)
“Incomputability in Physics and Bilology” (2012)
“Randomness Four questions and some challenges”など
ランダムネスの哲学を考える上で,具体的な問題に当てはめてみることで,自分の考え方がどれくらい適用範囲が広いものなのか,確認できる.

これらの議論をすべて理解して,ランダムネスに対する考え方を再構築し,
Minds and Machines Special Issue on Algorithmic Randomness
こういうところに投稿すると良いと思うのだが,やっぱり私一人では荷が重い気がする.
誰か哲学者でこういうことに興味があって,数学の素養のある方,一緒に研究していただけないでしょうか.

アルゴリズム的情報理論

アルゴリズム的情報理論について日本語で触れられている書物を,思い出せる範囲でまとめておきましょう.

日経サイエンス 2006年6月号
「ゲーデルを超えて オメガ数が示す数学の限界」
2006年なので,私が修士2年の時に読んだもの.
たぶん,この記事でランダムネスの理論を知った.

まずは,チャイティンの本
『数学の限界 』(2001)
『セクシーな数学―ゲーデルから芸術・科学まで』(2003)
『知の限界』(2006)
『メタマス!―オメガをめぐる数学の冒険』(2007)
やはり,こういう広報は重要だと感じる.

あと,ランダムの方向性から,触れられているものとして,
『ランダム―数学における偶然と秩序』ベルトラミ(2002)の第4章

情報の方向性から,
『インフォメーション: 情報技術の人類史』の第12章

数学的な解説としては,
渡辺治『計算論から見たランダムネス』(2006)

私の『ランダムネスの一般化』
などでしょうか.

他にもあったと思いますが,思い出したら,気がついたら,加えます.