哲学者が見るランダムネスの理論

私にとって,計算可能性理論,計算量理論,計算可能解析,ランダムネスの理論,情報理論,確率論,統計的予測,時系列解析
などは一直線上にある理論たちで,分けることができない.
これらは全部ひっくるめて一つのものとして見ている.
これらがどういう関係にあってどうつながっているのかというのは,一つの見方であり哲学だろうが,
それを論じるためには,これまでの哲学的な議論を一通り学ぶ必要がある.

これまで,哲学者たちによって,計算,情報,確率,予測などの概念について様々に議論がされてきており,
それらについては,少し調べれば多くの文献が出てくる.
しかし,ランダムの概念やランダムネスの理論についての,哲学者たちの議論はそれほど多くない.
ここでは,そういうものをまとめてみたいと思う.
こういうまとめ方は,今までにされていないと思うし,私も英語の論文で書くことも無いので,
こういう場所しかないように思う.

まず最初は,
Abhijit Dasguptaによる”Mathematical Foundations of Randomness”
Philosophy of Statistics (Volume 7 of the Handbook of Philosophy of Science, ISBN 978-0-444-51862-0), North-Holland (2011), pp. 641-710.
これは,1200ページ以上あるPhilosophy of Statisticsの中に収録されている.
著者のページからプレプリントをダウンロードすることができる.
内容を一言で言うと,哲学者向けのランダムネスの理論入門といった感じ.
記法は時々標準的でないところもあるが,読みにくいというほどではない.
ランダムネスの理論を学んだことある人ならば,特に目新しいことはないだろう.
ちなみに,これによると,Martin-Lof-Chaitin thesisという言葉は,
J. P. Delahaya. “Randomness, Unpredictability and Absence of Order: The Identification by the Theory of Recursivity of the Mathematical Notion of Random Sequence.”
Philosophy of Probability, pages 145-167, 1993.
に出てくるらしく,これが最初らしい.
こういう議論が統計や確率の哲学の分野で盛んになれば,とても嬉しいと思う.

次にお勧めしたいのが,
Christopher P. Porterの博士論文,”Mathematical and philosophical perspectives on algorithmic randomness. ”
これも,著者のページからダウンロードできる.
もともと哲学的な議論が好きな彼だが,数学者としてもちゃんとした論文を書いており,
ランダムネスの理論を一夜漬けで勉強して書いたものではなく,数学者が読んでも信頼できるものになっている.
最近は数学的な論文しか書いていないようなので,この次の論文を楽しみにしている.
彼とはSchnorr randomnessに対する数学的な性質を明らかにした上で,
もう一度哲学的な解釈を与えよう,と約束したのに,なかなか進んでいないのが申し訳ない.

ランダムネスの理論と予測理論の関係について,一つのパラダイムを与えたのがSolomonoffであった.
その数学的な側面を受け継いでいるのが,Marcus Hutterだろう.
この哲学的な側面は,Solomonoffがなくなる直前に書いた
“Algorithmic Probability – Theory and Applications” (2009)と,
“Algorithmic Probability – Its Discovery – Its Properties and Application to Strong AI” (2011)
そして,RathmannerとHutterによる
“A Philosophical Treatise of Universal Induction” Entoropy 2011, 13, 1076-1136
などにまとめられている.
しかしややこしいのはここからである.
まず,Solomonoffが1970年代から提唱している見方は,2009年の論文に書かれているものである.
しかし,数学者はこの見方を理解できなかったのか,拒否したのか,
通常,理解されている考え方が,RathmannerとHutterによる論文で書かれている.
Solomonoffはなくなる直前,主観確率と客観確率について考え方を大きく変えている.
それが2011年の論文に書かれている.
ちなみに私の見方に一番近いものはSolomonoffの2011年の論文のものだが,いくつかの点で異なる部分もある.
その異なる部分というのは,以下の研究者たちから影響を受けている部分でもある.

確率とランダムの概念の関係について,哲学的な方面から,きちんと議論をしようとしている論文として,
Antony Eagleによる”Randomness is Unpredictability” (2005)と”Probability and Randomness” (2013)などが挙げられる.
しかし,フォントの問題と,私の能力の問題により,十分消化できていない.

科学哲学的な意識として,オッカムのカミソリと予測に関して,議論している研究者もいる.
Ockham’s Razor: A New Justification, Project Web Page
ランダムネスの理論を知っていれば,このオッカムのカミソリをKolmogorov complexityと読み替えることができるだろう.

力学系や生物におけるランダムネスを考える方向性として,
Giuseppe Longoの論文が面白い.
“Randomness and Determination from Physics and Computing towards Biology” (2009)
“Incomputability in Physics and Bilology” (2012)
“Randomness Four questions and some challenges”など
ランダムネスの哲学を考える上で,具体的な問題に当てはめてみることで,自分の考え方がどれくらい適用範囲が広いものなのか,確認できる.

これらの議論をすべて理解して,ランダムネスに対する考え方を再構築し,
Minds and Machines Special Issue on Algorithmic Randomness
こういうところに投稿すると良いと思うのだが,やっぱり私一人では荷が重い気がする.
誰か哲学者でこういうことに興味があって,数学の素養のある方,一緒に研究していただけないでしょうか.